結婚していない子供を持つ親の交流会「親の縁は子の縁 in 東京」が(財)日本青年館で開催されている。当初の予定は一日のところ、あまりにも申し込みが多いための期間を延期して今日を含む三日間の開催となった。
主催しているのは、札幌で結婚相談室を営業している「オフィス・アン」(代表 斉藤美智子さん)とボランティアの方々である。
開催の目的は(9月17日の甲子一新のページに詳しく書いてあるのだが・・・)簡単に説明すると、まだ結婚していない45歳ぐらいまでの子供を持つ親同士が先に知り合いになり(子供に相談しながら)双方の親でお見合いを進めていくもので「親の縁が子供の縁」となるようにとの考えで開かれている。
今日17日の出席者は130名の親御さんによって、それぞれに子供の学歴や就職先また趣味の情報交換、あるいは写真などを見せ合っていた。
男女とも学歴が高く大学院卒や医師も含まれているという。また、男性の独身者では長男が多いのが特徴のようだ。
会場は親御さんの子供を思う熱気に包まれ開催時間を過ぎても続けられていた。
会場の隅で、時より斉藤代表とお話をしながら様子を拝見していたのだが、しだいに私は大変な事実を目撃してしまったという思いで重苦しい気持ちになっていった。「結婚の高年齢化や少子問題は予想以上に加速度的に進んでいる。そしてそれは日本という国の基盤の崩壊につながって行く」という危惧を持ったのだ。なぜならば
子供が結婚しないという問題は特別な限られた家庭の問題ではなく、どこにでもいる普通の親御さんが抱えている問題だということを確認してしまったからだった。
「親の縁は子の縁」と題し結婚していない子供を持つ親の交l流会が開催されている。大学を卒業して、立派な社会人になった息子や娘。しかし人生のパートナーにめぐり逢ってないのが親の最大の悩み!そんな同じ悩みを持つ親たちが出逢い語り合うことで子供達の「結婚」について新しい道が開けるかも知れない、というものだ。
定員は100名程度にしぼり、45歳くらいで結婚を希望する子供を持っている親御さんたちが、子供の写真(一年以内に写したもの)と履歴書(名前・生年月日・身長体重・卒業学校名・家族構成)を4~5枚づつ用意して交換していく。
「親たちの出逢い」が「子供達の出逢い」に繋がるように、親同士のお見合いからスタートさせていこうというのだが・・・・・。
この話を聞いて私は、以前「引きこもり議連の勉強会」を衆議院で開催した際、ゲストの精神科医が発言した言葉を反射的に思い出してしまった。
その方は、「引きこもりは人との関わりが持てなくなる病気で、重いものでは対人恐怖症、コミュ二ケーション障害を起こし、自己の表現が出来ず最も苦手とすることは「恋愛」をするということです。」と、確かに言われたのでした。
さらに、社会に参加していても自己の表現をすることはなく指示を待つ、「働きながら引きこもっている人」たちもやはり「恋愛」が出来ないのだそうです。
確かに昔はお見合いがあって、適齢期には世話を焼いてくれる人がいたのですが1980年代中頃からかなり減っているとの事。すると、やはり親同士がお見合いをする「お見合い新時代」は必然ということなのでしょうか?
しかし、それ以上に問題に思うのは、になぜ自己の表現のできない大人がこんなにも増えてしまったのでしょうか?
日本の国を考えるうえで重要な点に思えてなりません。
よく、親は子供に何か注意するときに「お前のためなんだから!」と言う。さらに「お父さんはいいけど」あるいは「お母さんは構わないけど」が付け加えられる。
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実は、この言葉に抵抗を覚える子供が随分といるらしい。
お前のためと言って説得することは大抵は、親が世間体を気にするときに使う言葉であって、言い換えるならば「みっともないからお父さんのために、何とかしてくれないか!」ということで、その方がよっぽど理解ができると言う。
しかし、実際はどちらにしても親のいうことを聞くつもりはないのだろう・・・。
それは、不登校の子供も、引きこもっている子供も、自分の親が本当は子供のことよりも「世間体」を気にしていて、身をもって自分のことを守ってくれないことを知っているからなのだ。
昔から日本人は「世間様に申し訳ない」というように世間体を気にしながら生きるところがあるが、まずほとんどの人が食べることは出来る現代「本当に苦しいときに世間体よりも自分のことを助けてくれるのか?」という想いで親のことを冷静に見つめていることに気がつかなければならない。
「勿論!助ける」といった親の、今度は行動がともなうかが子供たちにとって重要になるのです。
そこで一句 「我が子より はるかに大事な 世間の目」